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判例(裁判例)紹介
医師法違反被告事件(最高裁判所第二小法廷 令和2年9月16日)
1 医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為の意義
2 医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たるか否かの判断方法
3 医師でない彫り師によるタトゥー施術行為が,医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たらないとされた事例
[決定要旨]
1 医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為とは,医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいう。
2 医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為に当たるか否かは,行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断するのが相当である。
3 タトゥー施術行為は,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって,医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものであり,また,医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって,医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず,歴史的にも,長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり,医師が独占して行う事態は想定し難いという本件事情の下では,医師でない彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為は,社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く,医師法17条にいう「医業」の内容となる医行為には当たらない。
(1~3につき補足意見がある。)
[一言コメント]
医師でない彫り師によるタトゥー施術行為が,医師法17条にいう医行為に当たらないとする大阪高等裁判所の判決に対する検察官の上告が棄却され,被告人に無罪が言い渡されました。
以下,本判決の一部抜粋です。
「タトゥーの施術は、人の肌の上にメッセージ文言や絵柄を刻み込むものであって、思想や感情等の表明であるといえ、表現の自由として保障されるものであるといえる。」
「タトゥー施術業は、反社会的職業ではなく、正当な職業活動であって、憲法上、職業選択の自由の保障を受けるものと解されるから、タトゥー施術業を営むために医師免許を取得しなければならないということは、職業選択の自由を制約するもの」である。
本判決は,医師法17条にいう「医業」の内容である「医行為」の意義について最高裁が一定の判断を示したのみならず,医師免許を持たない彫り師によるタトゥー施術が医師法17条に違反するとの解釈は職業選択の自由を制約するものであるとするなど,医師法の解釈のみならず憲法上の重要論点にも踏み込んだ議論が展開されていることから,先例としての価値が極めて高いものとして紹介する次第である。
(竹口・堀法律事務所) 2021年10月14日 18:31
損害賠償請求事件(最高裁判所第二小法廷 平成7年11月10日)
[事案の概要]
Aは平成元年6月9日、先行車両を避けようとして本件自動車を中央分離帯に衝突させ、これにより同自動車の助手席に同乗していた(当時Aと内縁関係にあった)Bを死亡させる事故を引き起こした。
Aは、Y保険会社との間で記名被保険者をAとする自家用自動車保険契約を締結した。YがAと締結した本件自家用自動車保険(PAP)の普通保険約款第1章賠償責任条項第10条には、「Yは、被保険自動車で被保険者の父母、配偶者又は子の生命・身体が害された場合に、それによって被保険者が被る損害をてん補しない。」と定められている。
Bの相続人であるXらは、Yに対し約3000万円の保険金の支払を請求した。しかし、YはBはAの内縁の妻であるから自家用自動車保険普通保険約款第1章賠償責任条項8条3号が適用されるとして保険金の支払を拒絶した。そこでXらは本件訴訟を提起した。
第一審判決(神戸地判平成3・3・26)及び第二審判決(大阪高判平成3・11・29)は、Xらの請求を棄却。Xらが上告した。
[裁判所の判断]
本件上告を棄却する。
Aと被上告会社との間に締結されていた後記の自家用自動車保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)の第一章賠償責任条項八条三号には、被保険者が被保険自動車の使用等に起因してその配偶者の生命又は身体を害する交通事故を発生させて損害賠償責任を負担した場合においても、保険会社は、被保険者がその配偶者に対して右の責任を負担したことに基づく保険金の支払義務を免れる旨が定められているところ(以下、右の定めを「本件免責条項」という。)、本件免責条項にいう「配偶者」には、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者も含まれるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件免責条項が設けられた趣旨は、被保険者である夫婦の一方の過失に基づく交通事故により他の配偶者が損害を被った場合にも原則として被保険者の損害賠償責任は発生するが、一般に家庭生活を営んでいる夫婦間においては損害賠償請求権が行使されないのが通例であると考えられることなどに照らし、被保険者がその配偶者に対して右の損害賠償責任を負担したことに基づく保険金の支払については、保険会社が一律にその支払義務を免れるものとする取扱いをすることにあり、右の趣旨は、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者にも等しく妥当するものである。
(2) 本件約款の第一章賠償責任条項三条は、被保険自動車の使用等に起因する交通事故を発生させたことに基づき損害賠償責任を負担することによって被る損害について、保険によりてん補される責任主体としての被保険者の範囲を明らかにした最も基本的な定めである。そして、同条の一項二号(イ)には、被保険自動車を使用又は管理中の記名被保険者の配偶者が被保険者に含まれる旨が定められている。ところで、右の定めが設けられた趣旨は、一般に右の配偶者も被保険自動車を使用する頻度が高いと考えられるため、同人を当然に被保険者に含めることとして、前記の損害を保険によりてん補される被保険者の範囲を拡張しようとするところにある。この点では、法律上の配偶者と内縁の配偶者とを区別して別異に取り扱う必要性は認められないから、右三条一項二号(イ)にいう「配偶者」には、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者を含むとすることにつき何らの支障も認められない。そして、同一の約款の同一の章において使用される同一の文言は、特段の事情のない限り、右の章を通じて統一的に整合性をもって解釈するのが合理的であるというべきところ、右三条一項二号(イ)と本件免責条項とは同一の約款における同一の章に設けられた定めであって、右各条項にいう「配偶者」の文言を異なる意義に解すべき特段の事情も認められない。
(竹口・堀法律事務所) 2019年12月 6日 13:23
従業員地位確認等請求事件(前橋地裁平成22年11月10日)
被告Y鉄道会社に勤務していた原告Xは,平成21年6月に駅の事務室内において,事務室のトイレから出てきた女子高生(当時17歳)に対し,接吻するなどの強制わいせつ行為を行ったとして逮捕された。同年7月,被告Yは,上記強制わいせつ行為が就業規則所定の「法令,会社の諸規程等に違反した場合」に該当するとして,原告Xを懲戒解雇した。
そこで,原告Xは,①本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないから,その権利を濫用したものであって無効である,②仮に,本件解雇が無効でないとしても,退職金には,賃金後払的な部分があるから,退職手当規定に従って退職金全額を不支給とするのは,労働基準法24条に反し許されないなどと主張して,被告Yに対し,主位的に,労働契約上の地位を有することの確認並びに給与及び賞与の支払,予備的に,1397万円余の退職手当の支払を求めた。
[裁判所の判断]
裁判所は,(1)原告の行為は就業規則の懲戒事由に該当し,本件解雇には客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当性を欠くとは認められないとして,主位的請求を棄却したが,(2)退職手当については,原告には懲戒免職事由があることを考慮しても,永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があって,企業秩序維持等のために賃金後払的性格を有する退職手当の全額を不支給とする合理的必要性があると認めることはできず,一定の割合の支給を認めるべきであるとし,本件強制わいせつ行為の態様及び原告のそれまでの勤務状況等の諸事情を総合考慮のうえ,3割に当たる419万円余の退職手当の支給を認めた。
(竹口・堀法律事務所) 2015年3月14日 17:51
損害賠償請求事件(東京高裁平成26年3月13日)
Xは,銀行の店舗出入り口に敷設された足拭きマットに足を乗せたところ,これが右足を乗せたまま中央部に向かって横ずれしたため,バランスを崩して転倒した。Xは,これにより頸部捻挫等の傷害を負い,左半身の感覚鈍麻その他の後遺障害が残ったと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,上記銀行の権利義務を承継したYに対し,損害賠償金の支払を求めた。
原判決は,Xの請求を棄却したので,Xはこれを不服として控訴をした。
(裁判所の判断)
裁判所は,以下のとおり,銀行の注意義務違反を肯定したうえ,Xに4割の過失があるとして過失相殺を認めた。
本件事故当時,本件マットは,その裏面がやや湿潤し,かつ,波打った状態にあったことから,マット裏面全体と本件床面との間には部分的に滑り抵抗係数の低い部分が存在し,マット表面にその斜め上部方向から力が加わることにより本件床面上を滑りやすい状態にあったところ,Xがその右足を本件マット表面に乗せたことによって斜め上部方向からの力が働き,その一部(本件マットの本件出入口に向かって左の部分)が本件床面との摩擦抵抗を失って横に移動し,そのためXが身体のバランスを崩して転倒したと認めることができる。
ところで,本件支店は繁華街にあり,店舗内にATMコーナーが設置されていたのであるから,これを利用するために,老若男女を問わず,様々な顧客が多数往来しており,その都度本件出入口に敷設されていた足拭きマットの上を歩行していたことは推認するに難くない。そして,人が歩行するに際しては,足元の着地面が上から働く力を支え,滑りなどにより体勢のバランスを崩すことがないようにしなければ,転倒による身体損傷等を起こしかねないから,その安全確保のためには着地面の滑り防止が必要とされる。そうすると,本件出入口に敷設されていた本件マットについても,顧客がその上を通常の態様で歩行するに当たって加えられる力により本件床面上を滑ることがないように整備しておくことが求められるというべきである。しかるに,本件事故当時の状態は前判示のとおりであったから,Yには,Xが歩行していた本件出入口の安全確保に関し,本件マットが本件床面上を滑りやすい状態で敷設されていた点で注意義務違反がある。
もっとも,Yは,本件マットは定期的に交換されており,本件床面及びその周囲も業者により適切に清掃されていたから,Yに注意義務違反はない旨主張する。しかしながら,足拭きマット及び本件支店床面の管理を業者に任せきりにし,本件マットの裏面が前判示のような状態にあることを見過ごしていたことからすれば,Yの注意義務違反は否定し難い。
・・・本件事故が発生したことについてはYに過失があると認められるが,他方,本件マットは本件事故の6日前からほぼ同様の状態で敷設されており,本件事故発生までに多数の来店客がその上を歩行していたにもかかわらず,本件事故発生前に何らかの危険を感じ,被控訴人関係者に通報した者はいない。そして,人が多様な状態の接地面に足を乗せて歩行するに際しては,その場の状況を確認しながら,体勢を維持して転倒しないように注意を用いるのが通常であり,同じ場所を歩行したからといって全ての人に同じ結果が生ずるものではなく,転倒並びにそれによる負傷の有無及び程度は,歩行に際しての注意の働かせ方及びこれに基づく身体反応により異なってくるのは社会的に経験するところである。しかるところ,Xは,本件事故時において57歳の女性であり,健康状態に大きな問題はなく,本件事故前にはジョギングもし,自分では運動神経はいいほうだと思っていたと述べているのであって,これを前提とすれば,Xが本件出入口に向かって歩行する際,より注意深く接地面に足を運び,かつ,身軽な状態であったとすれば,右足を乗せた本件マットがその中央部に向かってずれて盛り上がることによって転倒したか否か,転倒したとしても,これによる負傷の有無及び程度については違った結果になったとも考えられるのであって,特に,Xが転倒したことについては,左肩及び両手に多数の荷物を抱え,運動の自由を制約された不安定な状態で歩行していたことが多分に影響していたと認められる。このようなXの落ち度を勘案すると,本件事故発生については,Xに4割の過失相殺をするのが相当である。
(竹口・堀法律事務所) 2015年1月10日 16:42
親子関係不存在確認請求事件(H26.7.17)
AはYと婚姻関係にあった ものの,Bと交際を始めて性的関係を持つようになったが,その間もYとAは同居を続け,夫婦の実態が失われることはなかった。Aは妊娠したが,その子がBとの間の子であると思っていたため,妊娠したことをYに言わず,病院でXを出産した。Yは入院中のAを探し出し、Aに対してXが誰の子であるかを尋ねたところ,Aは,「2,3回しか会ったことのない男の人」などと答えた。Yは,XをYとAの長女とする出生届を提出し,その後,Xを自らの子として監護養育した。その後YとAは,Xの親権者をAと定めて協議離婚をし,AとXは,現在,Bと共に生活している。Aは,Xの法定代理人として,親子関係不存在確認を求めて訴えを提起した。
(裁判所の判断)
裁判所は,まず,民法722条により嫡出の推定を受ける子につき,その嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するとした。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当であるとした。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当であるが,本件においては,AがXを懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められないことから,本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ないとした。
(竹口・堀法律事務所) 2014年11月28日 22:46
遺言の効力に関する判例(H26.5.21)
本件は,被相続人A(大正14年生,平成23年死亡)が夫のBが死亡した後である平成21年9月5日(当時84歳)にした「Aの全ての財産を長男Y1に相続させる」とする自筆遺言証書2通に係る各遺言について,Aの長女であるXが,長男であるY1及び同人の長男であり平成22年5月届出によりAの養子となったY2に対し,本件各遺言時のAには遺言意思能力がなかったなどと主張して,本件各遺言の無効確認を求めた事案である。
原判決が本件各遺言時におけるAの遺言意思無能力を認め,Xの請求を認容したところ,これを不服としたYらが控訴した。
(裁判所の判断)
本件の争点は,Aが本件各遺言書作成時に遺言意思無能力者であったか否かである。
裁判所は,本件各遺言書作成前後のAの精神状態及び日常生活の状況に係る詳細な事実認定をした上,この認定判断に反する甲診療所作成の弁護士法23条の2所定の照会に対する回答書の所見を排斥し,上記成年後見申立事件で提出された甲診療所の内科医師作成の平成22年5月26日付け診断書の証明力を限定して解し,本件各遺言当時にAが重度のアルツハイマー型認知症により事理弁識能力を欠いて心神喪失の常況にあたったと認定することは困難であるといわざるを得ないとした。そして,本件各遺言書の形式及び内容から見ても,Aが決意した本件各遺言の内容をその意のままに記載して封入したと見られ,作為性のない自然な状態にあること,本件各遺言をする意思を決定したと推測することができる経緯及び動機が認められることし,他に本件各遺言書作成時にAが遺言意思無能力者であったことを認めるに足りる的確な証拠はないとして,Xの遺言意思無能力の主張を排斥し,原判決を取り消してXの請求を棄却した。
(竹口・堀法律事務所) 2014年11月28日 22:26
養子縁組が無効とされた事例(H22.4.15判決)
本件は,亡Aの兄であるXが,亡Aは入院中にYと知り合い2か月ほどAの家で同居した後に同人との間で養子縁組の届出をしているが,当時,亡Aには意思能力がなく,また,亡AとYとの間の養子縁組には合理的動機がないなどとして,養子縁組の無効確認を求めた。原審は本件養子縁組を無効としたため,Yが控訴した。
(裁判所の判断)
裁判所は,一般論として,養子縁組における縁組意思は,社会通念に照らして真に養親子関係を生じさせようとする意思によるものであることが必要というべきであり,こうした意思を含まず,単に何らかの方便として養子縁組の形式を利用したに過ぎない場合は,縁組意思を欠くものとして,その養子縁組は無効というべきである。もとより,養親子関係の社会的な在り方は多様であるから,上記の養親子関係を生じさせようとする意思の内容を一義的に言うことは困難であるが,少なくとも親子としての精神的なつながりを形成し,そこから本来生じる法律的または社会的な効果の全部または一部を目的とするものであることが必要であると解するのが相当であるとした。
そして,本件について,AはYと入院中に知り合い,Aの家でYと同居するようになってからわずか2か月ほど後に本件養子縁組の届出がなされたこと,YとAがA方で同居したのは,通算4か月にも満たないこと,その間,Yが血縁関係もないAの看護や日常の世話に意を配ったような経過はうかがわれず,Aが入院した際は,保健所の職員によって入院させられるほどの重篤な状態に陥っていたこと,また,Aの葬儀の際,控訴人は香典を受け取ったにもかかわらず,香典返しもしておらず,その一方で,Yは,その間に,Aの資産を基にして,高級外車を乗り換えるなどの散財行為とも見られる行為に及んでいることなど,XがAの資産に依存した消費行動を示しており,ほかには,Yが,養親子という社会一般の身分関係を意識した行動を示した形跡は何らうかがうことができない。そして,XとAの間で,親族関係の形成を前提とした会話がなされたような経緯はうかがわれず,X自身,自分とAが本件養子縁組をする目的や理由,趣旨を理解しているものとは認められない。
他方,Aは本件養子縁組に近接した時点において,前頭側頭葉型認知症の疑いを持たれており,躁状態による脱抑制,人格変化が認められ,病識の欠如から問題行動も起こすなどしており,合理的な判断能力が相当に減退した状態にあったと認められること,AはXがGとの交際に反対したり,医療保護入院をさせたり,後見開始申立てをしたことなどについて反感を示しており,こうしたXに対する思慮を欠いた反発感情から,同人への相続を阻止する目的で本件養子縁組に及んだものとうかがわれるところ,それ以上には,Yとの間に養親子という親族関係を形成する意思があったことをうかがわせる経緯は一切認められないとした。
そうすると,本件養子縁組は,Aが,Xとの養親子関係という真の身分関係を形成する意思とは異なり,Yへの相続を阻止するための方便として,Xとの養子縁組という形式を利用したにすぎないものと認められるから,養子縁組意思を欠くものというべきであって,無効といわなければならないとした。
(竹口・堀法律事務所) 2014年10月28日 22:38
産業医の不法行為を認めた事例(大阪地判H23.10.25)
本件は,自律神経失調症により休職中であったXが,勤務先の産業医であるYとの面談時に,詰問口調で「それは病気やない,それは甘えなんや。」,「薬を飲まずに頑張れ。」,「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」などと非難されるなどしたため,病状が悪化し,このことによって復職時期が遅れるとともに,精神的苦痛を被ったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,逸失利益の一部の賠償及び慰謝料の支払等を求めた事案である。
(裁判所の判断)
Yは,産業医として勤務している勤務先から,自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから,面談に際し,主治医と同等の注意義務までは負わないものの,産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて,面談相手であるXの病状の概略を把握し,面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものといえるとした上,産業医は,大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく,メンタルヘルスケア,職場復帰の支援,健康相談などを通じて,個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており,産業医になるための科学研修・実習にも,独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていることに照らせば,産業医には,メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきであるとした。
そして,たしかに自律神経失調症という診断名自体,交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことによる心身の不調を総称するものであって,特定の疾患を指すものではないが,一般に,うつ病や,ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから,自律神経失調症の患者に面談する産業医としては,安易な激励や,圧迫的な言動,患者を突き放して自助努力を促すような言動により,患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り,そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められるとし,Xとの面談におけるYの言動は,上記の注意義務に反するとした。
さらに,本件面談とXの病状悪化との因果関係については,Xの病状悪化が本件面談におけるYの言動により生じたものであるとして因果関係を認め,Xの復職が遅れたことによる減収は30万円を下らないものであるとし,Xの精神的苦痛を金銭で慰謝するには30万円が相当であるとした。
(竹口・堀法律事務所) 2014年10月28日 22:08
交通事故の後遺障害(H22.12.14判決)
交通事故では,症状固定となった後,後遺障害が残存する場合は,後遺障害に基づく損害を相手方に請求します。
今回は,後遺障害の中で,外貌醜状痕に関する後遺障害の損害について判示した裁判例(秋田地判平成22年12月14日(平成21年(ワ)第354号))をご紹介します。
(事案の概要)
本件は交通事故に基づく損害賠償請求の事案である。交通事故の態様は,原告X1が運転し,妻の原告X2が同乗する普通乗用自動車の走行車線に被告Y1が運転し,被告Y2が保有する普通乗用自動車がセンターラインを越えて進入したために両車が衝突し,原告らが受傷したというものである。
原告らは,被告Y1に対しては不法行為に基づき,被告Y2に対しては自賠法3条に基づき,損害賠償金の連帯支払を求めた。
(裁判所の判断)
本件の争点は,損害額である。
特に,原告は,労災認定における外貌醜状障害について,男子を14級,女子を12級とする後遺障害別等級表の基準に従った認定は不合理な差別的取扱いであり,平等原則に反するから,原告(男子,52歳,銀行課長職)の外貌醜状障害については後遺障害別等級表12級14号該当として評価すべきであると主張したため,その主張の当否が争われた。
裁判所は,労働能力の低下の程度に関して,後遺障害別等級表の等級毎の労働能力喪失率はあくまで参考にすぎず,被害者の職業,年齢,性別,後遺症の部位,程度,事故前後の稼働状況等を総合的に判断して具体的な事案に応じて評価されるのであり,後遺障害別等級表上の等級評価から演繹的に導き出されるものではないとした上で,原告X1の職業・職種(銀行課長職,債権管理),年齢(症状固定時52歳),醜状の部位・形状・程度に照らし,原告Aの外貌醜状障害が労働能力に与える影響は差程とは思われず,本件の後遺障害全体による原告X1の労働能力の低下の程度は,原告X1の上記主張の肯否にかかわらず,後遺障害別等級表12級相当の14%に留まると認めるのが相当であるとした。
(竹口・堀法律事務所) 2014年10月27日 22:17
離婚後の監護費用の請求(H23.3.18判決)
今回は,離婚後の子どもの監護費用(養育費)の請求が,権利濫用にあたり認められないとされた判例(最判平成23年3月18日(平成21年(受)第332号)離婚等請求本訴,同反訴事件)を紹介します。
(事案の概要)
本件は,X(夫)が,Y(妻)に対し,離婚等を請求するなどし,Yが,反訴として,Xに対し,離婚等を請求するとともに,長男,二男及び三男の養育費として,判決確定の日から,長男,二男及び三男がそれぞれ成年に達する日の属する月まで,一人当たり月額20万円の支払いを求める旨の監護費用の分担の申立て等をした事案である。
Xは,監護費用について,二男との間には自然的血縁関係がないことから,監護費用を分担する義務はないと主張した。なお,Xは,本件提訴前,二男との間の親子関係不存在確認の訴え等を提起したが,同訴えについては却下する判決が言い渡され,同判決は確定している。
原審は,Xと二男との間に法律上の親子関係がある以上,Xはその監護費用を分担する義務を負うと判断した。
(最高裁判所の判断)
最高裁判所は,YがXに対し離婚後の二男の監護費用の分担を求めることは,権利の濫用に当たるとした。
理由は以下のとおり。YはXと婚姻関係にあったにもかかわらず,X以外の男性と性的関係を持ち,その結果,次男を出産したが,それから約2か月以内に二男とXとの間に自然的血縁関係がないことを知ったにもかかわらず,これをXに告げず,Xがこれを知ったのは二男の出産の7年後のことであったため,Xは,二男につき,民法777条所定の出訴期間内に嫡出否認の訴えを提起することができず,そのことを知った後に提起した親子関係不存在確認の訴えは却下され,もはやXが二男との親子関係を否定する法的手段は残されていない。他方,Xはこれまでに二男の養育・監護のための費用を十分に負担してきており,Xが二男との親子関係を否定することができなくなった上記の経緯に照らせば,Xに離婚後も二男の監護費用を分担させることは,過大な負担を課すものである。YはXとの離婚に伴い,相当多額の財産分与を受けることになるのであり,離婚後の二男の監護費用を専らYに分担させることができないような事情はうかがわれないから,子の福祉にも反しない。
以上の事情を総合考慮すると,YがXに対し離婚後の二男の監護費用の分担を求めることは,監護費用の分担につき判断するに当たっては子の福祉に十分配慮すべきであることを考慮してもなお,権利の濫用に当たるというべきである。
(竹口・堀法律事務所) 2014年10月25日 15:16